The Erie Canal|歌詞・和訳・意味を解説【Low Bridge, Everybody Down】
この作品について
『The Erie Canal』は、Thomas S. Allenが20世紀初頭に作った英語の運河歌で、『Low Bridge! Everybody Down』や『Fifteen Years on the Erie Canal』とも呼ばれます。語り手は、雌のラバSalとともにエリー運河沿いを歩き、曳舟道から艀を引いて材木、石炭、干し草などを運んできた船頭です。ところが、ラバによる曳舟が動力船へ置き換えられつつある時代を迎え、二人は次の仕事を探さなくてはなりません。歌はその運河労働を振り返りながら、Salを単なる役畜ではなく、十五年間働いた相棒として大げさな冗談とともに称えます。ここでは1913年楽譜系に残る長い5節版を扱います。
Salは最初から単なる「船を引くラバ」ではありません。語り手は彼女を worker と呼んだ直後に pal と呼び、やがて old gal、最後には perfect lady とまで言います。運河の設備や地名だけでなく、十五年間一緒に働いた一頭の動物が、歌の中でどんどん「相棒」らしくなっていくところを追ってみてください。
対訳
mule ラバ。一般に雄ロバと雌馬の交雑種で、丈夫で持久力があり、運河船の曳航にも広く使われた。Salは雌として her で受けられている
Fifteen years on the Erie Canal 元来は「エリー運河で十五年」。Salと長年働いてきた経歴を誇る言葉。後世のよく知られた版では Fifteen miles に変わっている
hauled some barges 岸沿いの曳舟道をラバなどが歩き、綱で運河の艀を引くこと
Albany to Buffalo ニューヨーク州東部のアルバニーから、エリー湖畔のバッファローまで。エリー運河を東西にたどる両端を示す
Low bridge, ev’rybody down 運河船の屋根などにいた人へ、低い橋をくぐる前に身を伏せるよう知らせる警告。町の近くには橋が多く、この掛け声が「町が近い」という合図にもなる
navigated on ここではエリー運河を船で航行した、運河船で旅や仕事をしたという意味
old gal 女性へのくだけた呼び方をSalへ使ったもの。「年寄り娘」と呼びかけ、ラバを人間の長年の相棒のように扱っている
Giddap 馬やラバへ「進め」「ほら行け」と促す掛け声
lock 閘門。水位の違う運河区間の間で、船を上下させて通過させる設備
Rome ニューヨーク州ローム。エリー運河沿いに発達した都市の一つ
put it over 人をだます、出し抜く、うまく一杯食わせるという口語表現
iron toe 蹄鉄を付けたラバの蹄を「鉄のつま先」と呼んだ滑稽な表現。バッファローまで蹴り飛ばすという誇張につながる
donkey Salは冒頭では mule=ラバだが、ここでは donkey=ロバと呼ばれる。厳密な動物学的区別より、韻と冗談を優先した呼び方
She put the “Buff” in Buffalo Buffalo の冒頭の Buff を切り出した語呂合わせ。buff には古く「一撃」の意味もあり、直前までSalの強烈な蹴りを自慢している流れとも響き合う
ditty 短く単純な歌、小歌。ここでは歌自身を「くだらない小歌」と茶化す自己言及的な冗談
消えていく運河労働を、「Salとの十五年」として覚える歌
『The Erie Canal』の冒頭には、運河史を説明する年号も、エリー運河がアメリカ経済へ与えた影響についての大げさな言葉もありません。最初に出てくるのは、一頭の年老いたラバです。I’ve got an old mule and her name is Sal.――「おれには年老いたラバがいて、名はSal」。そしてそのすぐ後に、good old worker と good old pal が並びます。Salは働く動物であると同時に、十五年間一緒に働いてきた相棒です。
その「十五年」は、現在よく歌われる版との違いを考えるうえでも重要です。現代では Fifteen miles on the Erie Canal と歌う版が広く知られていますが、Thomas S. Allenの原詞は Fifteen years でした。Erie Canal Museumも、元来の「years」は語り手がSalと運河で働いた年月を表し、後世の「miles」は一頭のラバが交代まで船を引いた距離を指すようになったと説明しています。:contentReference[oaicite:3]{index=3}
「十五マイル」なら運河輸送の仕組みの話ですが、「十五年」なら一人と一頭の職歴の話になります。歌の中心がSalとの関係に見えるのは、そのためでもあります。worker、pal、old gal、そして最後には perfect lady。節が進むほど、Salは動力源から人物のような存在へ変わっていきます。
ただし、その背景にある仕事は非常に具体的です。19世紀のエリー運河では、動力を持たない運河船を岸沿いのtowpath――曳舟道から馬やラバが引いていました。船の上では船長が操船し、岸では人が動物を導きます。エリー運河はアルバニーからバッファローを結び、大量の貨物を水上で運べるため、陸路よりはるかに安価な輸送路になりました。:contentReference[oaicite:4]{index=4}
歌詞に出てくる材木、石炭、干し草も、ただ韻を作るための品物ではありません。艀に貨物を積み、ラバがそれを延々と引いていく。Albany、Rome、Buffaloと地名が続き、途中ではlock――閘門を通ります。産業史として説明すれば巨大な物流網ですが、歌の中では「おれとSalがいつも通った道」になります。
有名な Low bridge, everybody down も、その仕事や旅の身体感覚から生まれた言葉です。運河船の乗客たちは天気がよければ船の屋根の上に座ることがありました。しかし町へ近づくと低い橋が現れるため、そのままでは橋桁へぶつかります。そこで「低い橋だ、みんな伏せろ」と声を上げる。Erie Canal Museumは、この警告が歌の題名そのものになった背景をそのように説明しています。:contentReference[oaicite:5]{index=5}
だから Low bridge は、後世から見た「昔のエリー運河らしい風景」ではなく、そこにいた人間が実際に身体を動かさなければならない障害でした。歌は運河を眺めるのではなく、橋の下で伏せ、閘門を待ち、次の町へ急ぐ人の高さから世界を描いています。
しかし、この歌が出版された20世紀初頭には、その仕事そのものが変わりつつありました。ニューヨーク州の教育資料は、『Low Bridge, Everybody Down』が、ラバに引かせる運河船からエンジン付きの艀へ移行していく時代を振り返った歌だと説明しています。動力船はより速く、ラバによる曳舟の時代は終わりへ向かっていました。:contentReference[oaicite:6]{index=6}
その文脈で読むと、第2節の We’d better look ’round for a job old gal――「そろそろ別の仕事を探したほうがいいな、年寄り娘」という言葉が重くなります。語り手とSalが単に一日の仕事を終えるのではなく、二人が長年してきた仕事そのものがなくなりつつある。にもかかわらず、次の行では I wouldn’t part with Sal、「Salとは別れない」と言います。
つまり失われるのは、古い輸送技術だけではありません。十五年間一緒に働いてきた相棒との働き方そのものです。産業の近代化を嘆く論説ではなく、「仕事がなくなっても、このラバとは別れない」という一言に変換するところが、この歌の特徴です。
もっとも、歌はそこから感傷一色にはなりません。むしろSalの話はどんどん馬鹿馬鹿しくなります。Mike McGintyがSalを出し抜こうとすれば運河の底へ沈み、友人がSalを怒らせれば顎を折られ、蹴られた男はバッファローまで飛んでいきます。ついには「エリー運河でただ一頭の喧嘩するロバ」と紹介されます。
この誇張は、Salを単に「忠実で可愛い動物」にしないところが面白いところです。強く、気性が荒く、食欲も常識外れで、運河の水まで全部飲み干そうとする。語り手はSalを褒めているのか馬鹿にしているのか分からないほど大げさに語ります。しかし、その大げささ自体が、長年一緒に働いた相棒について何度も同じ自慢話をする人間の親しさを作っています。
She put the “Buff” in Buffalo もその一例です。Buffaloという地名を無理やり分解し、Salの力強さに結びつける語呂合わせです。直前まで「鉄の蹄」で人を蹴り飛ばす話をしているため、buff の古い「一撃」という意味まで重なって聞こえます。意味を厳密に解くというより、SalならBuffaloの名前まで自分で作ったと言いかねないほどの大ぼらです。
最後には歌そのものまで冗談の対象になります。It’s a darned fool ditty ’bout my darned fool Sal――「間抜けなSalについての、間抜けな小歌だ」。さらに「じきにどの楽隊も演奏する」「メキシコからバッファローまでどこでも歌われる」と、自分の歌が大流行すると予言します。
ここには少し面白い逆転があります。歌い手自身は「くだらない歌」と笑っているのに、実際に『Low Bridge, Everybody Down』は広く歌われるようになり、後世にはfolk standardのように扱われる曲になりました。1913年の楽譜はF.B. Havilandから出版され、New York Public Libraryにも現存しています。:contentReference[oaicite:7]{index=7}
しかも歌詞そのものまで、歌い継がれるうちに変わりました。代表的なのが Fifteen years から Fifteen miles への変化です。ほかにも「閘門を通り過ぎた」が「閘門が来る」に変わるなど、現在よく知られる版と初期の詞には違いがあります。Erie Canal Museumも、そうした変化を紹介しています。:contentReference[oaicite:8]{index=8}
だから『The Erie Canal』は、運河について歴史を教えるために後から作られた説明歌とは少し違います。ラバが曳舟を引いていた時代が消えつつあるとき、その記憶を「Salという相棒と十五年間働いた男」の自慢話へ変えた歌です。
低い橋、閘門、Albany、Rome、Buffalo、貨物を積んだ艀。それらはすべて実際の運河労働の世界です。しかし歌が最後に残すのは輸送量や工学技術ではなく、よく働き、よく蹴り、よく食べ、歌われると顔を赤らめる「perfect lady」のSalです。消えていく仕事の歴史を、一頭のラバとの思い出にまで小さくして語る。その距離の近さが、この歌が今も覚えられている理由の一つなのだと思います。
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