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Sweet Betsy from Pike|歌詞・和訳・意味を解説

Sweet Betsy from Pike John A. Stone(Old Put)帰属/1858年『Put's Golden Songster』/採用版: Lomax (1910) 対訳から読む / 解説を読む / 原文全文へ移動 この作品について 『Sweet Betsy from Pike』は、19世紀半ばのCalifornia Gold Rush期の西部移住を題材にした英語のコミック・ソングです。一般にミズーリ州Pike CountyからCaliforniaへ向かうBetsyと恋人Ikeの旅として伝えられ、牛、犬、鶏、豚まで連れた二人が大平原や砂漠を越えて金鉱地を目指します。しかし旅は英雄的な成功譚にはならず、疲労、荷馬車の横転、家畜の死、食料不足、腹具合、喧嘩、結婚、そして離婚までが次々に笑いへ変えられます。John A. Stone(Old Put)に帰属する歌として1858年の『Put's Golden Songster』に現れ、ここではJohn A. Lomax編『Cowboy Songs and Other Frontier Ballads』(1910年)の長い採録版を扱います。 二人は「金を掘り当て、ひと財産できたら帰ってくる」と故郷を出発します。ところが旅が進むにつれ、Betsyは砂漠で倒れ、荷馬車はひっくり返り、家畜も食料も失われます。しかもCaliforniaへ到着してからも、物語は成功や幸福で終わりません。大きな「西部開拓」の物語が、どんな小さな失敗や身体の問題へ崩されていくのかを追ってみてください。 対訳 Oh, don't you remember sweet Betsy from Pike Who crossed the big mountains with her lover Ike, And two yoke of cattle,...

My Old Kentucky Home|歌詞・和訳・意味を解説【1853年原詞】

My Old Kentucky Home Stephen Collins Foster/1853年/Christy's Minstrels 対訳から読む / 解説を読む / 原文全文へ移動 この作品について 『My Old Kentucky Home』は、Stephen Collins Fosterが1853年に発表した英語歌曲です。明るい夏のケンタッキーで暮らす黒人たちの生活から始まりますが、やがて〈Hard Times〉が訪れ、人々は故郷を離れ、砂糖黍畑で頭を垂れ、背を曲げ、重い荷を運ぶ生活へ向かいます。Fosterはこの歌をblackface minstrelの舞台文化の中で書き、1853年の楽譜にはChristy's Minstrelsが歌う作品として掲載されました。後にケンタッキー州歌となりましたが、ここでは1986年以降の公式歌唱用改詞ではなく、歴史的な人種語を含む1853年初版の3節とコーラスを扱います。 第1節の前半だけを読むと、太陽、実ったとうもろこし、花の咲く草地、鳥の歌声に囲まれた幸福な故郷の歌に見えます。しかし、その景色は〈Hard Times〉が戸口を叩いた瞬間に崩れます。第2節では「別れなければならない」と歌われ、第3節では砂糖黍畑で身体を曲げ、重い荷を運ぶ姿へ進みます。明るい「故郷」と、その故郷から引き離された後の労苦がどう並べられているかを追ってみてください。 対訳 The sun shines bright in the old Kentucky home, 'Tis summer, the darkies are gay, The corn tops ripe, and the meadows are in bloom, While the birds make music all the day. ...

The Erie Canal|歌詞・和訳・意味を解説【Low Bridge, Everybody Down】

The Erie Canal Thomas S. Allen/20世紀初頭/1913年楽譜『Low Bridge! Everybody Down』 対訳から読む / 解説を読む / 原文全文へ移動 この作品について 『The Erie Canal』は、Thomas S. Allenが20世紀初頭に作った英語の運河歌で、『Low Bridge! Everybody Down』や『Fifteen Years on the Erie Canal』とも呼ばれます。語り手は、雌のラバSalとともにエリー運河沿いを歩き、曳舟道から艀を引いて材木、石炭、干し草などを運んできた船頭です。ところが、ラバによる曳舟が動力船へ置き換えられつつある時代を迎え、二人は次の仕事を探さなくてはなりません。歌はその運河労働を振り返りながら、Salを単なる役畜ではなく、十五年間働いた相棒として大げさな冗談とともに称えます。ここでは1913年楽譜系に残る長い5節版を扱います。 Salは最初から単なる「船を引くラバ」ではありません。語り手は彼女を worker と呼んだ直後に pal と呼び、やがて old gal 、最後には perfect lady とまで言います。運河の設備や地名だけでなく、十五年間一緒に働いた一頭の動物が、歌の中でどんどん「相棒」らしくなっていくところを追ってみてください。 対訳 I’ve got an old mule and her name is Sal, Fifteen years on the Erie Canal She’s a good old worker and a good old pal, Fifteen years on the Erie Canal We’ve hauled some barges in our day, Filled with lumber, coal and...

The Golden Vanity|歌詞・和訳・意味を解説【Child 286】

The Golden Vanity 英国伝承バラッド/17世紀後半には印刷例/Child 286C・採用版は冒頭2節 対訳から読む / 解説を読む / 原文全文へ移動 この作品について 『The Golden Vanity』は、少なくとも17世紀後半には印刷例が確認できる、英国系の英語海洋バラッドです。敵船に脅かされた船を救うため、年少の船員であるcabin-boyが危険な任務を引き受け、船長から金や財、娘との結婚を報酬として約束されます。長い伝承版では、少年は実際に海へ飛び込み敵船を沈めますが、その後の船長の対応や少年の最期は異版によって変化します。Francis J. Childの分類では286番に当たり、今回扱うのは、船〈ゴールデン・ヴァニティ〉と少年の取引が示されるC版冒頭2節です。 この2節では、少年はまだ敵船を沈めていません。最初にするのは、「何をくださいますか」と報酬を確認することです。しかも船長が提示するのは金だけではなく、自分の娘まで含む破格の約束です。英雄的な行動より先に「危険な仕事を誰が引き受け、その代わりに何が約束されるのか」が置かれている点に注目すると、この後に続く物語の形が見えてきます。 対訳 I have a ship in the North Countrie, And she goes by the name of The Golden Vanity; I'm afraid she will be taken by some Turkish gallee, As she sails on the Low Lands Low. 北の国に、一隻の船を持っている その名は〈ゴールデン・ヴァニティ〉 トルコのガレー船に捕えられはしないかと心配だ、 ...

The Old Chisholm Trail|歌詞・和訳・意味を解説

The Old Chisholm Trail アメリカ伝承カウボーイ歌/19世紀後半/採用版: John A. Lomax (1910) 対訳から読む / 解説を読む / 原文全文へ移動 この作品について 『The Old Chisholm Trail』は、19世紀後半のアメリカで、テキサスの長角牛を北方のカンザスの鉄道拠点まで追っていくカウボーイたちの仕事から生まれた作者不詳の英語伝承歌です。歌い手は、夜明け前からの労働、暴走する牛群、雨、怪我、単調な食事、給金の不満などを次々に語りながら、その合間には「生まれてきたなかで最高の牛追いだ」と自分を大げさに持ち上げます。ここではJohn A. Lomaxが『Cowboy Songs and Other Frontier Ballads』(1910年)に収録した長い採録版を扱います。 この歌の語り手は、何度も自分こそ最高のカウボーイだと自慢します。ところが実際には、馬に振り落とされ、雨合羽を荷馬車に置き忘れ、牛を暴走させ、最後には給金をもらうどころか借金まで残ります。「英雄的なカウボーイ」という自己像と、かなり泥くさい労働の現実との落差を追うと、この歌の笑いが見えてきます。 対訳 Come along, boys, and listen to my tale, I'll tell you of my troubles on the old Chisholm trail. さあ、みんな、こっちへ来て、おれの話を聞いてくれ 昔のチザム・トレイルで味わった苦労を話そう Chisholm Trail  テキサスの牛を北へ追い、カンザスの鉄道市場へ運ぶために使われた代表的な牛追い路。名は、現在のオクラホマ方面に交易路を開いていた交易商Jesse Chish...