Oh My Darling, Clementine|歌詞・和訳・意味を解説【1887年版】
この作品について
『Oh My Darling, Clementine』は、1849年のゴールドラッシュへやって来た鉱夫と、その娘Clementineを登場人物にした英語のユーモラスな物語歌です。Clementineは毎朝アヒルの子を水辺へ連れていきますが、ある日足を取られて水へ落ち、泳げない語り手は彼女を救えません。その後も、墓の上に咲く花、娘を追うように死ぬ父親、濡れた姿で夢に現れるClementineまで、死を扱いながら冗談を重ねていきます。今回扱うのは、1887年の歌集『College Songs』にPercy Montroseの詞・曲として掲載された7節とコーラスです。
有名な Oh my darling Clementine というコーラスだけなら、失った恋人を嘆く素朴な哀歌にも聞こえます。ところが節を読むと、大きな靴、ニシン箱のサンダル、溺れながら吹く泡、遺体を肥料にして咲く花、そして死者を抱くことだけは拒む最後の冗談まで続きます。この歌では、悲しみを歌うコーラスと、それを何度も笑いへ崩す物語とのずれが重要です。
対訳
forty-niner 1849年前後のカリフォルニア・ゴールドラッシュで、金を求めて西部へやって来た人々を指す呼称
canon ここでは現在の canyon、峡谷の意。19世紀にはスペイン語由来の cañon という表記も広く使われた
number nine 靴のサイズ9。この直後にニシン箱をサンダルにする描写が続き、Clementineの足を大きく誇張する冗談になっている
topses 通常の英単語ではなく、boxes と響きを合わせるためのふざけた語形。意味は箱の「蓋」
brine 本来は「塩水」。内陸の峡谷という設定にはやや不自然だが、mine / nine / Clementine と続く -ine の韻にも合わせた語として働いている
posies 小さな花や花束を指す、やや古風な語
Fertilized by Clementine 埋葬されたClementineの遺体が花の肥料になると、そのまま言ってしまうブラックユーモア
peak and pine 悲しみや病気などで青ざめ、やつれ、衰弱していくことを表す古い言い回し
“oughter jine” ought to join をくだけた発音どおりに綴った表現。「娘のところへ行かなくては」という意味
doth haunt 現在の does haunt にあたる古風な形。「今もつきまとう」
draw the line 「ここから先は認めない」「一線を引く」という慣用句。生前は抱きしめたが、死者を抱くことだけは拒む、最後の落ちになっている
dreadful sorry 「ひどく悲しい、ひどく残念だ」。dreadful を副詞的に使ったくだけた表現
悲しいコーラスを、節が何度も裏切る
『Oh My Darling, Clementine』の物語だけを抜き出せば、かなり悲惨です。1849年のゴールドラッシュへやって来た鉱夫の娘Clementineが事故で水に落ち、語り手は泳げないため彼女を救えません。娘を失った父親もやがて衰弱して死に、語り手の夢には、濡れた服をまとったClementineの幽霊まで現れます。
それだけを聞けば、コーラスの Oh my darling Clementine や You are lost and gone forever は、失った女性を嘆くまっすぐな哀歌に見えます。しかし七つの節は、その感傷をほとんど放っておいてくれません。
まずClementine自身の紹介からして妙です。彼女は「妖精のよう」と言われた直後、靴の大きさは九番で、蓋を取ったニシン箱をサンダルにしていると歌われます。美しいヒロインを紹介するように始めながら、その足を漫画のように誇張する。しかも topses というふざけた語まで作って、意味より韻と音の笑いを優先しています。
この歌では、そもそも Clementine という名前自体が韻の中心になっています。mine、nine、brine、entwine、pine、line。ほとんど毎節、Clementineと響き合う -ine の語が最後へ置かれます。その結果、「塩水」を意味する brine のように、峡谷の水辺としては少し奇妙な言葉まで引っぱり出されます。物語が韻に従って、少しずつ漫画的な方向へ押されていくのです。
もっとも残酷なのは溺死の場面でしょう。Clementineが水に沈んでいるのに、歌が見せるのは「水面に浮かぶルビー色の唇」と、そこから出る「柔らかな小さな泡」です。そして語り手は Alas, for me! I was no swimmer――「ああ、私は泳げなかった」と言い、そのまま彼女を失います。緊迫した救助場面ではなく、遠くから眺める漫画の一コマのように処理されています。
死んだ後も歌は感傷へ戻りません。墓地では薔薇や花が Fertilized by Clementine――Clementineを「肥料にして」育ちます。父親が悲しみでやつれていく節も、peak and pine と Clementine の韻に乗り、最後には「娘のところへ行かにゃならん」と方言めいた台詞を残して死んでしまいます。
そして第7節では、ついにClementineが夢の中へ幽霊として戻ってきます。ここなら普通の怪談や哀歌なら、死後も変わらぬ愛を語って終わるところです。しかし語り手は、生前は彼女を抱きしめたと振り返った直後に、Now she’s dead, I’ll draw the line.――「死んだいまでは、そこは一線を引こう」と締めます。死者への永遠の愛ではなく、「さすがに死体は抱かない」という冗談が最後に置かれるわけです。
この残酷な笑いは、後になって子ども向けの歌へ変化したため偶然生まれたものでもありません。1887年の『College Songs』に載る時点ですでに、巨大な靴、ニシン箱、泡、肥料、幽霊、最後の draw the line まで揃っています。同書はこの歌を「Words and Music by Percy Montrose」として掲載しています。
さらに成立史をたどると、話はもう少し複雑です。伝承歌の索引であるTraditional Ballad Indexは、1863年にH. S. Thompson名義で出版された「Down by the River Lived a Maiden」に、Clementineという女性、大きな足、ニシン箱を使った履物など、後の歌とよく似た要素がすでに存在すると整理しています。ただしその1863年版は現在よく知られる旋律とは別の曲で、歌詞もミンストレル・ソングの方言表現を含む異なる形でした。
つまり1887年版にPercy Montroseの名が印刷されていることは確かでも、Clementineをめぐるすべての冗談やモチーフを一人がゼロから作った、と単純には考えにくいのです。古い滑稽歌の素材が組み替えられ、現在に近い旋律と組み合わされながら「Oh My Darling, Clementine」という形へまとまっていったと見る方が、残された資料には合っています。
Library of Congressに残る1939年のフィールド録音でも、この歌はCaliforniaの金鉱夫やゴールドラッシュに関わる歌であると同時に、ジャンルとして Humorous songs に分類されています。現在は子どもでも歌う親しみやすい旋律ですが、「悲しい恋人の歌」というだけでは、長く伝わってきたこの歌の半分しか見えてきません。
コーラスでは何度でも「愛しいクレメンタイン」「永遠に失われた」「ひどく悲しい」と歌います。それなのに節へ戻るたび、その悲しみは巨大な足や泡や肥料や幽霊の冗談へ崩される。『Oh My Darling, Clementine』のおかしさは、悲劇か喜劇かをどちらか一方に決めるところにはありません。悲しい歌の形を保ったまま、最後まで悲劇だけにはしてくれないところにあります。
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