The Old Chisholm Trail|歌詞・和訳・意味を解説
この作品について
『The Old Chisholm Trail』は、19世紀後半のアメリカで、テキサスの長角牛を北方のカンザスの鉄道拠点まで追っていくカウボーイたちの仕事から生まれた作者不詳の英語伝承歌です。歌い手は、夜明け前からの労働、暴走する牛群、雨、怪我、単調な食事、給金の不満などを次々に語りながら、その合間には「生まれてきたなかで最高の牛追いだ」と自分を大げさに持ち上げます。ここではJohn A. Lomaxが『Cowboy Songs and Other Frontier Ballads』(1910年)に収録した長い採録版を扱います。
この歌の語り手は、何度も自分こそ最高のカウボーイだと自慢します。ところが実際には、馬に振り落とされ、雨合羽を荷馬車に置き忘れ、牛を暴走させ、最後には給金をもらうどころか借金まで残ります。「英雄的なカウボーイ」という自己像と、かなり泥くさい労働の現実との落差を追うと、この歌の笑いが見えてきます。
対訳
Chisholm Trail テキサスの牛を北へ追い、カンザスの鉄道市場へ運ぶために使われた代表的な牛追い路。名は、現在のオクラホマ方面に交易路を開いていた交易商Jesse Chisholmに由来する
Coma ti yi youpy 通常の語彙的な意味を持たない、掛け声のようなリフレイン。カウボーイ歌に多い叫び声・囃し声の要素を持つため、訳では音を残した
2-U herd 〈2-U〉という焼印・ブランドで識別された牛群を指すと考えられる。後半には別に Two Bars という名も現れるため、同一の群れとは断定しない
hoss horse の口語・方言的な形
punch cattle カウボーイの口語で、牛を追い、扱い、管理すること。文字どおり牛を「殴る」という意味ではない
afore before の古風・方言的な形
slicker 油布などで作った、カウボーイが雨天時に使う長い防水用の雨合羽
Caldwell カンザス州南部の町。鉄道が到達した1880年以降、テキサスから北上する牛群の重要な集積・出荷地点となった
bedded down the cattle 夜を越すため、牛群を落ち着かせて伏せさせること
chaps 乗馬や牛追いで脚を藪・角・雨などから守る革製の脚覆い
night-herd 夜間に牛群を見張り、落ち着かせる仕事
cow-puncher カウボーイ、とくに牛を追い扱う牧童を指す口語
by grab 驚きや苛立ちを表す軽い悪態。「ちくしょう」「まったく」といった調子
tail cattle / leaders 牛群の後方にいる牛と、先頭を進む牛。群れ全体が崩れて暴走する様子を描く
eight-day clock 一度ぜんまいを巻けば約八日間動く時計。「いつまでも乗り続ける」という誇張に使っている
shot ... with the handle of the skillet 「撃つ」と言いながら使うのはフライパンの柄という、わざと不釣り合いな滑稽表現。異伝には hit と歌う形もある
cars ここでは自動車ではなく、牛を積んで市場へ送る鉄道貨車
I'd as soon ... 「それなら〜したって同じだ」「むしろ〜してもいい」という比較表現。ベーコンと豆ばかりの単調な食事への愚痴
roll 同じ語が二つの文脈で使われている。最初は荷馬車に置いた巻いた寝具・身の回り品、後の draw my roll は文脈上、給金・勘定を受け取ること
in the hole 金銭的に赤字・借金になっていること。働き終えたのに九ドル受け取るどころか、逆に九ドルの負債があるという落ち
outfit ここでは馬具・縄・衣類など、カウボーイとして働くための装備一式
the sweet by and by 「いつか来る幸せな未来」。1868年に広まった賛美歌『In the Sweet By-and-By』を思わせる表現で、ここでは「いつか牛追いを辞める」という俗っぽい願いへ転用されている
「最高のカウボーイ」は、なぜ最後に仕事を辞めるのか
『The Old Chisholm Trail』は、後世の西部劇に出てくるような無敵のカウボーイを素直に称える歌ではありません。語り手は確かに、自分を Best blamed cow-puncher ever was born、さらに Best damned cowboy ever was born と、「生まれてきたなかで最高の牛追い」「最高のカウボーイ」だと何度も持ち上げます。しかし、その自慢を前後の出来事と並べると、ほとんど冗談のように聞こえてきます。
まず馬には何度も振り落とされます。牛へ縄を投げているうちに馬を傷め、雨が降りそうなのに雨合羽は荷馬車の中。土砂降りの中で夜番をさせられ、牛群は列を崩して暴走します。それでも「おれこそ最高だ」と叫び続ける。技能を客観的に評価しているというより、失敗続きの仕事を大げさな自慢と悪態で笑い飛ばす語り口です。
その背景には、実際の牛追いという長く厳しい労働があります。南北戦争後、テキサスには大量の長角牛がいましたが、東部の市場へ運ぶには鉄道へ接続する必要がありました。1867年以降、牛群はテキサスから北へ追われ、現在のオクラホマにあたるインディアン準州を通り、カンザスのAbileneなどの鉄道拠点へ送られました。のちにはNewton、Wichita、Caldwellなどへ目的地が移っていきます。Kansas Historical Societyは、Chisholm Trailを通って非常に多くの長角牛が北上したことを記録しています。([kansashistory.gov](https://www.kansashistory.gov/kansapedia/chisholm-trail/17155))
歌の中にCaldwellが現れるのも、この歴史とつながります。最初の主要な鉄道出荷地はAbileneでしたが、鉄道網が南へ延びるにつれて牛追いの終着点も変化しました。Kansas Historical Societyによれば、1880年に鉄道がCaldwellへ達すると、この地域への牛追いも再び盛んになりました。つまり1910年にLomaxが記録した長い本文は、一つの1870年代の旅を最初から最後まで記録した日記のような歌ではありません。異なる時期の牛追い文化から生まれた節が積み重なったものとして読む方が自然です。:contentReference[oaicite:2]{index=2}
そもそも『The Old Chisholm Trail』には、固定された「完全版」があったわけではありません。1939年にKansas Historical Quarterlyへカウボーイ歌をまとめたMyra Hullは、この歌について、起源は不明で、非常に多くの節が存在し、カウボーイごとにさらに別の節を知っていたというN. Howard Thorpの説明を紹介しています。カウボーイたちは歌を口伝えで覚え、自分の経験に合う新しい節を付け加えていました。:contentReference[oaicite:3]{index=3}
この成り立ちを知ると、Lomax版の唐突さも欠点ではなくなります。ある節ではBen Boltという親方とウイスキーの話をし、次には馬から落ち、次には雨に降られ、その後は牛の暴走、フライパン、ベーコンと豆、早撃ち自慢、給金の話へ飛びます。物語を一本の筋に整理するより、「牛追いで起きたことを二行ずつ歌にして足していく」構造そのものが重要なのです。
Myra Hullも、この歌を牛追い生活のさまざまな場面を集めたものとして説明しています。暴走する牛群、嵐や洪水、長い旅、毎日のベーコンと豆、そして最後の不満足な給金。もし各地の異版をすべて合わせることができれば、カウボーイの過酷な生活のかなりの部分がそこに現れるだろう、と評しています。:contentReference[oaicite:4]{index=4}
特に牛の暴走は、単なる西部劇的な見せ場ではありませんでした。夜間の牛群が何かに驚いて一斉に走り出せば、カウボーイは暗闇の中で馬を走らせ、群れを再びまとめなければなりません。この歌でも、風と雨が始まった直後、後方の牛が走り、先頭牛まで列を崩します。その最中に語り手が「おれこそ最高の牛追いだ」と宣言するからこそ、英雄的な自慢と危機的な現実が同時に聞こえます。
労働時間についても同じです。I'm up in the mornin' afore daylight / And afore I sleep the moon shines bright.――夜明け前に起き、眠るころには月が輝いている。これは比喩的な大げささを含みながらも、長距離の牛追いが早朝から夜まで続く仕事だったことをよく表しています。さらに夜番まで回ってくるため、雨の中で語り手が「二度とnight-herdなんかするものか」と悪態をつくのも無理はありません。
食事にも華やかさはありません。Oh it's bacon and beans most every day――ほとんど毎日ベーコンと豆。「こんなものなら大平原の干し草を食べるのと変わらない」とまで言います。現在のカウボーイ像には焚き火を囲むロマンがありますが、ここで歌われているのは、同じ食事を繰り返す単調さです。
そして最大の落ちは、仕事を終えてからやってきます。語り手は親方のところへ給金を受け取りに行きますが、勘定の結果は nine dollars in the hole――九ドルの赤字です。長い旅を働き通したのに、金を受け取るどころか借金が残ったことになります。ここまで来ると、冒頭から何度も繰り返された「最高のカウボーイ」という自己紹介が、さらに可笑しく響きます。
語り手の答えは明快です。I won't punch cattle for no damned man.――「どんなくそったれのためにも、もう牛追いはしない」。装備を売り払い、町へ行き、故郷の恋人に会いに帰ると言い出します。西部へ挑戦する若者の英雄譚なら、ここでさらに新しい冒険へ向かいそうなところですが、この歌の結論は「もうこの仕事は辞める」です。
それでも最後まで語り口は大げさです。With my knees in the saddle and my seat in the sky と、尻を空へ突き上げるような格好で馬に乗り、the sweet by and by に牛追いを辞めると歌います。この sweet by and by は、19世紀に広く知られた賛美歌『In the Sweet By-and-By』を思わせる言い回しでもあります。天国での幸福な未来を歌うような響きを、「いつかこの仕事を辞めてやる」という願いへ持ち込むところまで、この歌は真面目になりきりません。
そして節と節の間をつなぐのが、Coma ti yi youpy, youpy ya という意味を持たない掛け声です。Myra Hullが引用する評では、この歌の単純で強いリズム、即興的な叫び声や囃し声、歌から叫びへ飛び出すような歌い方自体が、硬い大平原を走る馬の蹄の音を思わせるものだったとされています。:contentReference[oaicite:5]{index=5}
だから『The Old Chisholm Trail』が残しているのは、「昔のカウボーイは勇敢だった」という単純な英雄像ではありません。朝から晩まで働き、雨に濡れ、馬から落ち、牛に振り回され、同じ食事に飽き、給金の勘定では赤字になり、それでも仲間の前では「おれが最高だ」と笑ってみせる人間です。
後世の西部劇が作ったカウボーイ像よりずっと泥くさく、仕事の愚痴に満ちています。しかし、その愚痴をそのまま嘆きにはせず、悪態、自慢、くだらない冗談、意味のない掛け声へ変えて歌う。しかも誰か一人が完成させたのではなく、牛追いたち自身が節を足しながら作っていった。その意味で『The Old Chisholm Trail』は、カウボーイを題材にした歌というより、カウボーイの仕事場そのものから育った歌なのです。
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