Old Folks at Home|歌詞・和訳・意味を解説【1851年原詞】

Old Folks at Home
Stephen Collins Foster/1851年初版

この作品について

『Old Folks at Home』は、Stephen Collins Fosterが1851年に作詞・作曲した英語歌曲で、「Swanee River」とも呼ばれます。故郷のプランテーションから遠く離れてさまよう黒人の語り手が、そこに残る家族や小屋、蜂の羽音、バンジョーの音を思い返し、帰郷を願う歌です。ただし、この語り手はFosterがblackface minstrelの舞台のために作った人物で、原詞には誇張された黒人方言や現在では侮蔑的な人種語が使われています。ここでは1851年初版の3節とコーラスを扱います。

語り手が故郷を恋しがっていることは明白ですが、なぜそこから遠く離れているのかは歌詞に書かれていません。売られて移されたのか、自由になって旅をしているのか、それとも別の事情なのか。理由を一つに決めずに読むと、現在いる場所についてはほとんど何も語らない一方、故郷だけが驚くほど細かな記憶として残っていることが見えてきます。

対訳

Way down upon the Swanee ribber,
Far, far away,
Dere's wha my heart is turning ebber,
Dere's wha de old folks stay.
はるか下ったスワニー川のほとり、
遠く、遠く離れたところ
おれの心がいつも向かうのはそこ、
年老いたみんながいるのもそこ

Swanee ribber 現在の Suwannee River を、ミンストレル舞台の黒人方言として Swanee ribber と綴ったもの。Foster自身はフロリダを訪れたことがなく、川名は歌の韻律に合う二音節の南部の川名として選ばれた

Dere / wha / ebber それぞれ標準英語の there / where / ever にあたる、ミンストレル・ソングで用いられた誇張された黒人方言表記

All up and down de whole creation,
Sadly I roam;
Still longing for de old plantation,
And for de old folks at home.
この世の隅から隅まで、
悲しく、おれはさまよう
それでも昔のプランテーションを恋しく思う、
故郷の年老いたみんなを

plantation ここでは南部の大規模農園を指す。1851年という時代と黒人話者という設定から奴隷制との関係を無視できないが、歌詞そのものは語り手の法的身分や、なぜそこを離れたのかを明示していない

old folks 直訳すれば「年老いた人々」。ここでは故郷に残る家族や身近な人々を親しみを込めて指す表現

All de world am sad and dreary,
Ebry where I roam;
Oh! darkeys, how my heart grows weary,
Far from de old folks at home.
この世はどこも悲しく、もの寂しい、
おれがどこをさまよっても
ああ、黒んぼのみんな、おれの心はどれほど疲れることか、
故郷の年老いたみんなから遠く離れて

darkeys 黒人を指す歴史的呼称。現在では侮蔑的な人種語であり、ここではblackface minstrelの黒人話者を演じる歌詞の一部として使われている

sad and dreary dreary は「もの寂しい、陰鬱な」。故郷から離れているため、行く先すべてが沈んで見えるという強い郷愁を表す

All round de little farm I wandered,
When I was young;
Den many happy days I squandered,
Many de songs I sung.
小さな農場のまわりを、くまなく歩き回った、
若かったころ
あのころは、幸せな日々をいくつも気ままに過ごし、
いくつもの歌を歌った

squandered 本来は金銭などを「浪費する」。ここでは幸せな時間を惜しげなく過ごした、という軽い自嘲を含む

When I was playing wid my brudder,
Happy was I;
Oh! take me to my kind old mudder,
Dere let me live and die.
兄弟と遊んでいたころ、
おれは幸せだった
ああ、優しい年老いた母さんのもとへ連れていってくれ、
そこで生き、そこで死なせてくれ

wid / brudder / mudder それぞれ標準英語の with / brother / mother にあたるミンストレル風の方言表記

All de world am sad and dreary,
Ebry where I roam;
Oh! darkeys, how my heart grows weary,
Far from de old folks at home.
この世はどこも悲しく、もの寂しい、
おれがどこをさまよっても
ああ、黒んぼのみんな、おれの心はどれほど疲れることか、
故郷の年老いたみんなから遠く離れて
One little hut among de bushes,
One dat I love;
Still sadly to my memory rushes,
No matter where I rove.
茂みの中にある小さな小屋、
おれが愛する、たった一つの小屋
どこをさすらっていても、
悲しく、記憶へ押し寄せてくる

rove あてもなく歩き回る、さすらう。第1節の roam と同じく、故郷から離れて移動し続ける語り手の状態を表す

When will I see de bees a humming,
All round de comb?
When will I hear de banjo tumming,
Down in my good home,
いつになれば、蜂がぶんぶん飛ぶのを見られるのか、
巣房のまわりを飛ぶ蜂を
いつになれば、バンジョーをつま弾く音を聞けるのか、
愛しい故郷で

comb ここでは蜂の巣の櫛状の部分、蜂房

tumming 標準的な綴りではなく、バンジョーを弾く音や動作を表す擬音的・方言的な語。後世の版では strumming とされることもある

All de world am sad and dreary,
Ebry where I roam;
Oh! darkeys, how my heart grows weary,
Far from de old folks at home.
この世はどこも悲しく、もの寂しい、
おれがどこをさまよっても
ああ、黒んぼのみんな、おれの心はどれほど疲れることか、
故郷の年老いたみんなから遠く離れて
解説

「故郷へ帰りたい」という声を、誰が作ったのか

『Old Folks at Home』の感情そのものは、驚くほど分かりやすいものです。語り手は故郷から遠く離れ、どこへ行っても世界を sad and dreary――悲しく、もの寂しいものとして見ています。帰りたいのは、抽象的な「南部」ではありません。年老いた人々、母親、兄弟、小さな農場、小屋、蜂の羽音、バンジョーの音。記憶はかなり具体的です。

一方、現在いる場所についてはほとんど何も描かれません。All up and down de whole creation と世界中をさまよっていることだけが示され、どこにいるのか、何をしているのかは分からない。現在は輪郭を失い、遠く離れた故郷だけが細部を伴って浮かび上がっています。郷愁がこの歌の世界そのものを作っているのです。

しかし、ここで一つ大きな問題があります。この声は、実在する黒人が自分自身の経験を記録したものではありません。作者Stephen Collins Fosterはペンシルベニア生まれの白人作曲家で、この歌は当時のblackface minstrelの舞台へ向けて作られました。Library of Congressも、『Old Folks at Home』をミンストレル・ショーの定型化された黒人方言で書かれた歌として説明しています。

ribber、dere、ebber、brudder、mudder といった綴りは、その舞台上の黒人話者を作るためのものです。さらにコーラスには、現在では侮蔑的な人種語である darkeys も現れます。つまり、家族を恋しがる個人的で繊細な感情は、同時に19世紀の白人娯楽産業が作った人種的な演技の中から語られています。

そのことを踏まえると、Still longing for de old plantation という一行は特に扱いが難しくなります。1851年のアメリカ南部で、黒人話者が「昔のプランテーション」を懐かしむという構図は、後世から見れば奴隷制を牧歌的に見せる「幸せなプランテーション」のイメージと容易に重なります。

ただし、歌詞が語っていないことまで断定するのも危険です。Library of Congressが指摘するように、この語り手がなぜ故郷から遠く離れているのか、Fosterは説明していません。奴隷として売られ、別の場所へ移された可能性も考えられます。自由になった後に旅をしている人物と読むこともできます。しかし、どちらかを確定する材料は歌詞にはありません。

その空白があるため、この歌は単純な物語になりません。「昔のプランテーションへ帰りたい」と歌うからといって、奴隷制そのものを恋しがっているとは歌詞には書かれていない。具体的に恋しがっているのは、そこにいる人々、母親、兄弟、小屋、蜂、音楽です。制度ではなく、そこに結びついた生活の記憶が前景に出ています。

とはいえ、その声を作ったのがFosterであり、その声がblackface minstrelの舞台で消費されたという事実も消えません。ここには、歌詞内部の語り手が感じる郷愁と、その語り手を外側から作った19世紀アメリカの人種表象という二つの層があります。この二つを一方だけに還元すると、歌の複雑さが失われます。

成立の事情にも、そのミンストレル文化との近さがはっきり残っています。Fosterは1851年、この歌を当時有名だったChristy's MinstrelsのEdwin P. Christyへ送りました。初版の表紙では、実際の作者Fosterではなく、「written and composed by E. P. Christy」と記されています。University of PittsburghのStephen Foster Collectionによれば、Christyは自分を作曲者として表示する権利のためにFosterへ15ドルを支払い、Foster自身も当初その取り決めを認めていました。

Fosterは後になって、この判断を後悔します。1852年にはChristyへ手紙を書き、自分を「Ethiopian songwriter」として確立したいのに、『Old Folks at Home』へ別人の名が付いていることが妨げになっているとして、取り決めの解消を求めました。ここで当時使われた Ethiopian は、アフリカ系アメリカ人を模倣するミンストレル歌曲を指す業界語でした。

「Swanee River」という場所にも、実際の記憶とは別の仕掛けがあります。現在のSuwannee Riverはジョージアからフロリダを流れる実在の川ですが、Florida Department of Stateによれば、Fosterはフロリダを訪れたことがなく、この川を直接知っていたわけではありません。二音節で旋律に合う南部の川名を探し、「Swanee」を採用したとされています。

つまり、語り手にとっては具体的で切実な「故郷」である一方、その地理を作った作曲家自身にとってSuwannee Riverは、旋律と南部らしい響きに合う名前として選ばれた場所でした。ここにも、歌の内部で感じられる真実味と、それを舞台用に作った外側の仕組みとのずれがあります。

それでも歌は非常に広く受け入れられました。Library of Congressによれば、1854年までに13万部以上を売り、Fosterを代表する成功作の一つになりました。1935年にはフロリダ州の公式州歌にも採用されます。川の名を歌に使ったFoster自身がフロリダを訪れていなかったにもかかわらず、その歌が後にフロリダを代表する歌になったわけです。

しかし、その後も原詞の人種表現をそのまま公共の州歌として歌い続けることは問題になりました。現在のフロリダ州法では、『Old Folks at Home』の「revised lyrics」、つまり改訂歌詞版が公式州歌と定められています。2008年に採用された公式版では、darkeys は別の表現へ置き換えられ、old plantation も childhood station へ変更されています。:contentReference[oaicite:0]{index=0}

ここで興味深いのは、問題のある言葉を取り除いても、歌の中心にある郷愁そのものは残ることです。「遠く離れた場所から、母や家族や小屋や音を思い出す」という構造は、ミンストレル文化の歴史を越えて多くの人が理解できる感情でもあります。だからこそ、この歌は人種的ステレオタイプを含みながら、同時に非常に広い共感を集めることができました。

『Old Folks at Home』を読むときに難しいのは、この二つをどちらか一方へ整理できないことです。語り手の故郷への思いをすべて偽物として退ければ、歌詞が実際に作っている記憶の細かさを見失います。逆に、普遍的なホームソングとしてだけ聞けば、その「黒人の声」が誰によって、どんな舞台文化の中で作られたのかを見失います。

遠く離れた現在はほとんど描かれず、故郷だけが母、兄弟、小屋、蜂、バンジョーという具体的な像を持って戻ってくる。その切実な郷愁と、それをwhite minstrel songwriterが作ったという歴史。その両方を同時に読むことが、『Old Folks at Home』という歌を現在読むうえで重要なのです。

原文全文

Way down upon the Swanee ribber,
Far, far away,
Dere's wha my heart is turning ebber,
Dere's wha de old folks stay.
All up and down de whole creation,
Sadly I roam;
Still longing for de old plantation,
And for de old folks at home.
chorus.
All de world am sad and dreary,
Ebry where I roam;
Oh! darkeys, how my heart grows weary,
Far from de old folks at home.
All round de little farm I wandered,
When I was young;
Den many happy days I squandered,
Many de songs I sung.
When I was playing wid my brudder,
Happy was I;
Oh! take me to my kind old mudder,
Dere let me live and die.
All de world am sad and dreary, &c.
One little hut among de bushes,
One dat I love;
Still sadly to my memory rushes,
No matter where I rove.
When will I see de bees a humming,
All round de comb?
When will I hear de banjo tumming,
Down in my good home,
All de world am sad and dreary, &c.

原文出典・参考資料

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