The Golden Vanity|歌詞・和訳・意味を解説【Child 286】
この作品について
『The Golden Vanity』は、少なくとも17世紀後半には印刷例が確認できる、英国系の英語海洋バラッドです。敵船に脅かされた船を救うため、年少の船員であるcabin-boyが危険な任務を引き受け、船長から金や財、娘との結婚を報酬として約束されます。長い伝承版では、少年は実際に海へ飛び込み敵船を沈めますが、その後の船長の対応や少年の最期は異版によって変化します。Francis J. Childの分類では286番に当たり、今回扱うのは、船〈ゴールデン・ヴァニティ〉と少年の取引が示されるC版冒頭2節です。
この2節では、少年はまだ敵船を沈めていません。最初にするのは、「何をくださいますか」と報酬を確認することです。しかも船長が提示するのは金だけではなく、自分の娘まで含む破格の約束です。英雄的な行動より先に「危険な仕事を誰が引き受け、その代わりに何が約束されるのか」が置かれている点に注目すると、この後に続く物語の形が見えてきます。
対訳
North Countrie country の古風な綴りを用いた「北の国・北部」。本文だけから特定の国や地域へ固定しない
she 船を女性代名詞で受ける伝統的な英語表現。ここでは〈The Golden Vanity〉を指す
Turkish gallee galley の古い綴り。主にオールと帆で進む軍船。Childの別異版では敵がFrench galleyなどに変わるため、「トルコ」は特定の史実上の海戦を示すとは限らない
Low Lands Low このバラッドで繰り返される地名的・リフレイン的な句。伝承によって形が変化し、具体的な一つの海域へ確定するのは難しいため、訳では音を残した
up starts 「突然立ち上がる」。語順を倒置させた古風な物語表現で、少年が即座に名乗り出る動きを強く見せる
cabin-boy 船内の雑用や給仕などを担う年少の船員。船長や一般の熟練船員より低い立場の少年
if I do them destroy 現在なら if I destroy them に近い古い語順。「あの敵を滅ぼしたら」の意
store ここでは「店」ではなく、蓄え・財・豊富な報酬の意。gold に続けて、十分な財を与える約束を強めている
ye 古い二人称代名詞。「あなた/おまえ」。ここでは少年への呼びかけ
金と娘を約束された少年――英雄譚を「裏切り」の物語へ変える契約
今回採用した2節だけを見ると、『The Golden Vanity』はこれから英雄譚が始まる場面に見えます。敵のガレー船に脅かされる〈ゴールデン・ヴァニティ〉。そこへ年少のcabin-boyが立ち上がり、「自分が敵を滅ぼしたら何をくれるのか」と船長へ尋ねます。船長が約束するのは、金、十分な財、そして自分の娘です。
面白いのは、少年が無条件に「船を救います」と名乗り出るのではないことです。最初に報酬を確認します。What will you give me if I do them destroy?――自分が危険を引き受ける代わりに、何を与えるのか。この問いへの答えとして船長が具体的な報酬を約束するため、二人の間にははっきりした取引が成立します。
しかも、この取引には大きな力の差があります。危険を負うのは little cabin-boy と呼ばれる年少の下働きです。一方、報酬を決めるのは船長です。金や財だけでなく、自分の娘との結婚まで提示できる人物と、その約束を信じて海へ入っていく少年。この非対称な関係が、後の物語にとって重要になります。
Francis J. Childが286Cとして収録した、この冒頭と同じ版では、少年は実際に海へ飛び込みます。敵のTurkish galleonまで泳ぎ、錐のような道具で船体へ穴を開けます。敵船の乗員たちがカードや骰子で遊んでいる間に海水が流れ込み、少年は一人で敵船を沈めます。
つまり、船長の約束に対して少年は自分の仕事を完全に果たします。敵船を沈め、自分たちの船を救い、泳いで戻ってくる。しかし物語は、そこで「勇敢な少年は褒美をもらい、船長の娘と結婚しました」と終わりません。
Child 286Cでは、泳いで戻った少年が「引き上げてください」と頼んでも、船長は拒否します。それどころか、少年を殺す、撃つ、潮へ流すとまで言います。最後には少年は甲板へ上げられるものの、そこで死に、牛皮に包まれて海へ葬られます。冒頭で提示された金も財も娘も、少年を救うものにはなりません。
だから今回の2節にある報酬交渉は、単なる冒険の前置きではありません。後まで知って読むと、I will give you gold、You shall have my daughter という船長の言葉そのものが、これから破られる約束として響いてきます。少年の英雄的な行動より先に「契約」を置くことで、その後の裏切りが強くなる構造です。
ただし、『The Golden Vanity』には一つの決まった結末だけがあるわけではありません。Childが並べたA・B・Cの三つの本文だけでも、かなり違います。A版では船名は〈The Sweet Trinity〉で、Sir Walter Rawleighが登場します。少年は敵船を沈めますが、約束された金は得ても、娘との結婚は拒まれます。少年は船長を「約束を守らない欺く lord」と責めます。
B版ではさらに展開が違います。船長は少年を船へ引き上げようとせず、約束を守らないと言います。すると少年は、「ならば敵船を沈めたのと同じように、おまえたちの船も沈めてやる」と脅します。その結果、仲間たちは縄を投げ、少年を引き上げ、約束以上の報酬を与えます。
つまり、このバラッドの伝承では「少年が敵船を沈める」という中心的な武勲はかなり安定している一方、その後に船長がどう振る舞い、少年が救われるか死ぬかは変化します。Ballad Indexも、この作品の基本筋を「外国のガレー船を少年が沈めるが、船長は少年を水から引き上げようとしない」と整理しつつ、結末は可変だとしています。
敵そのものも一定ではありません。今回のChild Cでは Turkish gallee ですが、B版では French gallee、後世の異伝にはSpanish enemyやprivateerなども現れます。したがって、ここに出てくる「トルコ船」を特定の歴史上の海戦へ直接結びつけるより、「外国の敵船」という物語上の役割として見る方が安全です。
この変化は船名にもあります。現在は『The Golden Vanity』としてよく知られていますが、ChildのA版では〈The Sweet Trinity〉です。Ballad Indexでは、現存する早い印刷例を17世紀後半、1685年頃のブロードサイドまでさかのぼらせています。そこではSir Walter Raleighの名まで物語へ組み込まれていました。その後、人物、船名、敵、報酬、少年の最期が変化しながら広く歌い継がれていきます。
それでも、なぜこの物語が長く残ったのかを考えると、変わらない部分の方が重要です。船を救う決定的な仕事をするのは、船長でも熟練した上級船員でもなく、「little cabin-boy」です。最も小さな存在が最大の危険を負い、大人たちの船を救う。そして、その少年に報いるべき権力者が約束を守るかどうかが、物語の結末を決めます。
そのため、この歌は単なる「勇敢な少年が敵船を沈めた」という海洋冒険譚だけではありません。誰が危険な仕事をするのか、約束された報酬は本当に支払われるのか、力を持つ者は自分の言葉を守るのか、という話でもあります。
今回の採用本文は、まだその答えが出る前で終わります。少年は「何をくれるのか」と問い、船長は「金も財も娘もやる」と答える。その時点では、二人とも契約を交わしただけです。しかし伝承全体を知ると、この2節は英雄の出発というより、「この約束は守られるのか」という問いを物語の最初に置く場面として見えてきます。
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